ネット障害
チャート・デイビッドによって2008-07-04に更新された。今ネットにパソコンから接続できない。携帯からブログを書いているが、メールなどはできない。今朝問い合わせするしかない。
今ネットにパソコンから接続できない。携帯からブログを書いているが、メールなどはできない。今朝問い合わせするしかない。
最近仕事がなかなか進まない。というより、ある部分が進んでいるが、メーンという、戦略的な部分はなかなか進まない。先週ある本の編集が終わったが、今週次の本の編集が迫る。授業も多いし。そして、国際送金がちょっと問題になったようだ。仕事の不安定な状況が抑えたいが、なかなか難しい。
では、頑張る。
今日は、岡田先生の吉田神道の後半だった。吉田神道の影響で、神道がかなり変質したようだ。主に公から私的に転じたようだ。
古代には、神道というのは、神職というのは、主に共同体の祭祀を行ったようだ。個人的な神道が存在したかもしれないが、記録は一切ないという。平安時代に入ったら、神道色がある個人的な神事などが見えるが、行うのは、神職ではなく、陰陽師や山伏や僧侶だそうだ。確かに神職との区別が難しくなる場合もあるが、兼務として神社で奉仕した人も神職として個人的な神事を行わなかったそうだ。
特に葬式は、神職が関与しないというより、死の穢れを強く忌んで、親の死ぬ瞬間さえ避けたという。葬式があったら、神職が列席しなかったそうだ。吉田家でも吉田兼倶から数代遡ったら葬式は僧侶に行われて、神職の親戚が避けたようだ。だが、兼倶の時代から神道の葬式が始まったという。実は、吉田神社の境内に兼倶を祭る神社があって、それは兼倶の遺体の上に建てられたそうだ。この影響から豊富秀吉も徳川家康も死後神格化されたそうだ。家康は、まず久能山に葬られて、吉田神道の儀式を受けたそうだが、その後山王神道の僧侶の促進で日光に改葬されたそうだ。
講義で岡田先生が19世紀初頭の神道葬式の絵巻を紹介した。それは、数年前に岡田先生が見つけたもので、死体の絵が描かれたものを見て気分が奇妙になったと言った。葬式を研究したときに、同時に御祓えも研究したそうだが、寝る前に必ず御祓えの研究したそうだ。葬式の研究の直後に安心して寝ることは出来なかったと言う。
さて、葬式には東枕で死体を置いて、最初の儀式が行われたそうだ。仏教の葬式なら、西枕だそうだから、この些細なことから区別をつけることにしたようだ。埋葬で、まず葬る土地で地鎮祭を行って、そして行列で神輿のようなものに入れた棺のなかの死体を葬る場所まで運んだそうだ。葬ったら、上に榊を植えたそうだから、樹木葬になったという。これは最近ヨーロッパで人気になったようだが、神道とは無関係だそうだ。
では、最後に紹介してくれたのは、吉田兼倶の一番好きな言葉だった。それは、「慎みて怠ることなかれ」という表現だった。記紀神話から発生して、神道の歴史に散見できる表現だが、兼倶には特に重大だったようだ。具体的な意味を教えてくれなかったが、それは秘伝だろう。
では、これから夏休みが始まるので、次回は十月だ。
今日イギリスの大使館で真由喜の英国のパスポートをもらった。証明写真は難しかったが、結局大丈夫だった。だからイギリスに行くことが簡単になった。日本を日本のパスポートで出発して、イギリスをイギリスのパスポートで入国することになる。
とるために大使館に行ったので、今日は暇はないので、ここまで。
昨日Foresightという日本のニュース雑誌で日本の国債についての記事を読んだ。日本の国債はひどいことは有名だが、どれほどひどいか分からなかった。GDPの二倍に近づくなんて、あり得ない。ちょっと前の環境問題と同様に、これも政治家が自分の任期に難しい政策を避ける現実の結果だと言える。日本の債務を減らすため、増税プラス年金カットなどが必要となるので、政治家がそうしたら、選挙で敗北してしまうはずだ。
だが、もう少し広く見たら、これは政治家の自己主義に止まらない。民主主義の制度で、政治家の義務は、有権者の希望に応じることにあると言えるだろう。だから、有権者の大半が環境を破壊したかったら、目覚ましい国債を積み重ねたかったら、政治家がそれに従うべきだと言えないのだろうか。民衆の意志を無視する政治家はむしろ悪質な政治家だと言える。
そう言ったら、民主主義の芯にある問題が浮き彫りになる。民衆の大半は、希望の結果をあまり考えないので、民衆の意志に従う行為は、災害をもたらす。
だが、他の選択肢は何だろう。イギリスの第二次世界大戦の時期の首相のチャーチルが言ったと言われた言説は、「民主主義は最悪の政治制度だ、他の全てを除けば。」ということだ。要するに民主主義の問題は深くて深刻なのだが、違う制度を見たら、より深刻な問題がある。政治家が民衆の意志に従えば問題があると言ったが、そうしないと本当に政治家の自己主義に基づいた国家があるので、より大変な問題が発生する。元ソ連やミャンマーを見たら分かるだろう。だから、確かに民主主義には問題があるが、民主主義を排除したら問題が解決しない。
少なくとも、解決方法があったら、純粋の民主主義にはないと言える。政治をより良くするために、民主主義と違う要素を使う必要があると私が思う。一方、民主主義は基礎ではなければ、歴史に見える問題が発生するに違いない。このバランスをどうやって取れるか、私もさっぱり分からないので、民主主義を擁するしかない。だが、理想な政治制度だと言えない。
今日、東京の地方でも天気がかなりひどいが、西日本のほうが大変なようだ。それはともかく、お出かけするのはむりだから、家でのんびりする事になった。その時間で、私とゆり子が家族会議を行った。それは、四半期ずつに行うことで、家族の中期や長期のことを話し合うことだ。今日の話題は三つあった。一つは、夏イギリスに行くときのことだった。普段の日々にはちゃんと打ち合わせできなかったので、会議に入れた。
そして、先月のエコカレンダーもした。それは毎月することになるが、初回は家族会議で。エコカレンダーは基本的には費用した電気やガズを計算することだが、エコのことに認識をアップする行動だから、続けたら影響があるはずだ。
三つ目の課題は、震災だった。先ず、室内の準備を話して、ゆり子が必要な品物を探す。次は、非常用品の事をちょっと話した。最後に、いざとなる時の反応について話した。連絡方法などを確認して、家にいる内に地震が発生したらどうすることも決めた。やる事が分かったら、パニックする確率が下がるようだからだ。
だから、やってよかったと思う。次回は何の話になるのだろう。
今週の授業はなぜかキャンセルだらけになった。七人が授業をキャンセルしたので、結局半分ぐらいはなかった。今週の家計が赤字になるのは避けられない現実だね。それぞれの生徒さんには重大な理由があるので、仕方がないが、何で同じ週に七人が出来なかったのだろう。対策はないと思うし。半分が休んでも収入が水準を満たすようにしたら、皆が授業を受けることにしたら無理になってしまうからだ。
つまり、この記事は愚痴だ。