故郷で、テロ

日本時間の今朝、私の故郷のマンチェスターでテロ事件が起きた。私が知っている限り、知り合いは巻き込まれていないが、それでもとても悲しい出来事である。子供や若者が集まるコンサートが襲われて、心を痛める。

できることも、言えることも何もない。

このような事件が起きない世界のために努力するしかないが、道のりは長くて、私が達成を見るはずはない。だから、このような事件が自分に近づけば、無力さを痛感する。

ブログの再編

最近、ブログを更新していない。一つの理由は一般の忙しさだが、もう一つのブログの目的や形式について考えているからだ。去年まで、毎日更新して、随時の発想などを掲載したが、それはもうやめた。一方、まだ考えて、形にしたいことは多いので、そのためにブログを使い続けるつもりだ。しかし、私もこのブログの中で過去に書いた文を見つけるのは容易ではない。もう4000程度の投稿になっているので、それは当たり前だろう。

だから、再編を考えている。私にとって重要なテーマについての記事を載せて、それを修正する形で私の考えを具体化するかなと思っている。そうすれば、純粋なブログ形式が適切ではなくなる。そのため、根本的な再編や改装を考えている。戦略的にしないと、将来に余計使いづらくなるので、この構造改革には時間がかかりそうだが、少々を待ちください。

ちなみに、概ね神道と政治と倫理をテーマとして考えている。内容がさらに抽象的になる恐れがある。

退位後の天皇の称号の英訳(案)

先日、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が最終報告を提出したが、『神社新報』に掲載された。その中で、下記の通りの記述がある。

なお、国際的にも、「上皇」の概念が正しく理解されるよう、適切な英訳が定められることが望ましい。

適切な英訳は私の仕事だから、ここで案を掲げたいと思う。

「上皇」を選んだ理由として、歴史的に使われてきたが、その称号の中に「天皇」という文言が含まれていないことが指摘されている。それは、「太上天皇」の称号を避けた理由ともなっている。つまり、「天皇」の文言が入れれば、退位後の天皇と新天皇の間に、省庁や権威の二重性が発生する恐れがあるが、その状態はできる限り避けたいと言っている。

このような事実を踏まえて、英訳を考えよう。まずは、「天皇」を避ければ、「Emperor」を英訳から外した方が良いと思う。「天皇」はお二方はいらっしゃらなくても、「Emperor」はお二方がいらっしゃれば、海外では二重性を感じる恐れがある。

そして、歴史的に貴族や王族に使われたことがある称号やその称号に類似する称号は良かろう。

幸い、候補はある。それは「Grand Prince」である。歴史的に使われたし、「Emperor」の下の位を表すが、単純の「Prince」の上になる。そして、主に王族や皇族の方の称号として使われた。(独立した場合もあったが、珍しかったようだ。)そして、明白だが、「Grand Prince」には「Emperor」という文言が入っていない。

もう一つの利点がある。英語で、父を「father」、祖父を「grandfather]という。つまり、尊属を指す使い方はもう存在しているので、日本の皇室で天皇の親や兄の称号として使ったら、違和感はない。

日本語での敬称は「陛下」のままにする提案だから、英語でも「His Imperial Majesty」のままにしても良かろう。つまり、「His Imperial Majesty, Grand Prince」となる案である。

当報告書では、退位後の皇后の称号として、上皇の配偶者であることを示す「上皇后」という称号が提供されている。上記の英訳の案を踏まえれば、同じ趣旨を取り入れるのは簡単である。「Grand Princess」とする。もちろん、敬称は「Her Imperial Majesty」のままでよかろう。

そして、秋篠宮殿下を皇太子と称せずに、「皇嗣」を付け加えて皇位継承順位第一位であることを示すこととしている。これについても適切な英訳は必要であると指摘しているが、これには問題はない。現行の英訳は「Prince Akishino」であるので、それを「Crown Prince Akishino」にすれば、適切であると思う。「Crown Prince」は一般的に王位継承順位第一位を示す表現ですので、特に「現天皇の子」の意味を含めるわけではない。そして、日本語で「秋篠宮」の称号を維持したいとの趣旨は、この案で英語でも果たせる。敬称は「His Imperial Highness」のままでも良いのである。

この案は唯一の可能性であるわけではないが、個人的に気に入った。自分の案だからね。

大人心游舎:5周年記念

今日、心游舎の5周年記念イベントに参加させていただいた。イベントは、明治神宮の参集殿で開催されたが、参加者は多くて本殿は遠くて工事中であるためだろうが、正式参拝はなかった。(イベントの後で、一人で参拝したが。)

このイベントは2部構成で、第1部では献花と歌舞伎囃子の演奏があった。生花は最初だったが、本当の意味で演出だった。舞台の上で、目の前で花士花士{はなのふ}が枝や花を組み合わせて、綺麗な生花を作成した。その後、同じ舞台で8人が長唄などを演奏した。それを聞いたら、先日和ものびとのイベントで楽器の説明を聞いたり、体験したりできたことは良かったなと思った。目的などが分かったので、より深く楽しめた。

第1部を言葉で描写するのは難しいので、しようともしない。このような体験ができて良かったと思う。

第2部は、心游舎の総裁の彬子女王殿下の講演だった。心游舎のきっかけから今までの活動を通って、現代の状況まで話してくれた。面白いエピソードも披露してくれた。例えば、後続の方は銀行口座を開こうとすれば、苗字はないことが壁になるようだ。心游舎の活動は必ずと言ってもいいほど『神社新報』に報道されるので、活動の概要はもう分かったが、詳細を聞いたり、彬子様のご感想を聞いたりしたら、より深く印象を受けた。

最後に、代表理事の方がこれからの心游舎の展開を示唆して、支援を呼びかけた。

いつもと同じように、刺激を受けた。

まず、第1部では、神社の祭りについて考えさせられた。(自分の趣味と結びつくことは多いね。)最近、神社も祭りも、神様に奉る作品として考えてきたが、献花も囃子もそのような供え物になると感じた。このことについてさらに考えたいと思うが、ブログで披露する可能性は高い。(その前に、英語で日本人に神道についての公演を行うことになったので、英語での説明が先になるだろう。)

第2部で、彬子女王殿下は心游舎の目的を日本の伝統文化のタネを蒔くこと、そして子供の生活に伝統文化を身近にさせることと位置付けられた。真由喜の生活でその成果を見たことがある。まず、心游舎のワークショップで作った湯呑みは真由喜の愛用品になっている。そして、私が他の機会で日本の文化を紹介したからかと思うが、例えば抹茶は大好きで、お茶をよく飲む。白いご飯もよく食べる。でも、結晶になるのは先日のエピソードだろう。

真由喜が学校から帰ってきた。「ダディー、今日は最悪だった。給食当番だったが、スパゲッティーを袖にこぼしたりしたし、他のこともあった。絶対祟り神だよ。お祓いして!」と玄関から上がる前に述べた。もちろん、お祓いをしてあげたので、落ち着いて楽しめた。

このようにタネを蒔くと、結果は出る。心游舎が太宰府天満宮の幼稚園で和菓子プロジェクトを行なったそうだが、心游舎が手を離しても、幼稚園が独自にプロジェクトを続けているそうだ。そのような結果があると素晴らしい。

そのようなことを見れば、近所の白幡八幡大神でワークショップを行うことはできるかなと思った。近所のイベントを子供の継続的な参加には良いし、近所の神社が親しくなると、祭りなどにも参加するだろう。確かに控え室も神楽殿もちょっと狭いが、近所向けのワークショップであれば、小規模になる。ただし、私は日本の伝統文化のワークショップを行うことはできないし、他人に頼むこともできない。この刺激は、もしかして実現されないままで終わるかもしれない。

とにかく、これからの心游舎の活動を楽しみにしている。真由喜が参加してくれるイベントは多いように願っている。