私の生活、意見、日本語の練習

Archive for the '北川景子' Category

学校ドラマ

Posted by チャート・デイビッド on July 22nd, 2008

昨日北川景子が出演する月9のドラマ「太陽と海の教室」が始まった。私が見たのはいうまでもないだろう。楽しかったが、その理由は北川さんが登場することだけではない。基本的にこういう学校ドラマが好きだからだ。
なぜなら、人が成長するストーリが好きだし、学校ドラマは主にそういうストーリだからだ。今回、生徒たちはもちろん、北川さんが演じる榎戸先生も成長するようだ。実は、北川さんのブログを読んだら、北川さん自身も成長する可能性は高いので、もう一つな楽しみがある。確かに五年前の初出演の美少女戦士セーラームーンのころと比べたら、演技が著しく上手になった。しかし、だからこそこの番組がオンエアーの間の上達がわかるかどうかは分からない。
やはり、現実の成長はフィクションの成長よりいいと思う。昨日の話の中でフィクションの味が簡単に見えた。もちろんコメディだから非現実的な部分は多いが、基本的にドラマの枠組みの中で人の深刻な問題を解決するのは、現実にはあり得ないが、ドラマが楽しくなるために必要だと言えると思う。つまり、ドラマになるために現実とずれるしかない。だから、楽しいが、現実の方針に影響を直接与えない。人の看板を勝手に壊さないよね。(見なかった人は分からないが、昨日の話の中の出来事だった。)
だが、広い意味で取ったら、成長を引き出すのは大変いいことだと思って、先生の役割だと思う。だからこそ先生として働いている。確かに、英語の家庭教師のような仕事で人の人生を全面的に影響を与えることはない。それは高校などの担任の先生との明らかに違いだ。しかし、英語の限られた分野の中でなるべく上達を支えたいと思う。この狭い分野でも、かなり難しいことだ。なぜなら、人がそれぞれ違うからだ、英語を勉強する目標によって、適切なレッスンの形が異なるし、目標が同じであっても、人によって効く方法が異なると思う。英語のレベルはもちろん、性格にもよる。だから、すぐに「こうしたらいい」とは言えない。話したら、「では、この方法を試してみよう。こういう場合効く可能性は低くない」ぐらい言えるが、いつも生徒の目標や上達を考えて、レッスンの形を調整するひつようがある。
だから、実は生徒の成長を支えているかどうか分からない。上達した生徒は多いので、落ち込まないが、私の影響で上達したかどうかは言い難い。いつも勉強する人の努力や才能は一番だから、先生の役割はそういうやる気を生かすにすぎない。一か二年前に書いたような気がするが、先生は生徒のための存在だと思う。生徒が先生を尊敬しないなら、先生の仕事は難しくなるが、先生が生徒を尊敬しないと、絶対無理だと強調したいのだ。
宿命と言ったらちょっと大げさだが、先生としての責任だ。だから、先生が私が直面する問題より深刻な問題を簡単に相次いで解決するドラマを見るのは、楽しい休憩になる。

月9じゃん!

Posted by チャート・デイビッド on June 12th, 2008

北川景子が新しいドラマに出演することになったようだ。「太陽と海の教室」だが、なんとフジテレビの月9だ。前のモップガールは、深夜ドラマだったし、その前のセーラームーンは土曜日の早朝の子供番組だったので、キャリアアップは飛躍的だね。さらに、ドラマは学園ドラマだから、楽しみにする。学園ドラマが、すなわち人の成長を語るドラマが、好きだから、前にも見たことは多かった。
北川さんのブログで、不安について書いたが、友達と相談して解消したようだ。気持ちがよく分かるが、出きると思う。少なくとも、頭がいい美人を演じるのは問題ないはずだよね。
このニュースで、最近の仕事のプレッシャーをちょっと解消できたように感じる。

北川景子のブログ

Posted by チャート・デイビッド on June 7th, 2008

二年間以上前に北川景子さんのブログを弾みとして、このブログを開いた。北川さんが2007年6月にそのブログを止めたが、一週間前に新しい北川景子のブログが開かれた。もう三回投稿したので、ちょっと積極的に見えるね。初投稿の記事は、なんとなく「自己紹介しなさい」と言われて、極めて典型的な自己紹介を書いたように見えるが、続く投稿は、前のブログと雑誌で連載された「き〜たん白書」のコラムと同じ雰囲気だから、これからの記事も楽しみにしている。
今日、タレントなどにはブログは役に立つと思う。なぜなら、頻繁にファンのために新しい情報や見ることを作るので、タレントのことを考えさせるからだ。そうすると、次の映画などが公開すると、ファンが見に行く可能性が高まるだろう。私のブログにはそういう役割はあまりない。なぜなら、ファンは少ないし、その上私が作るものは英語での本だから、日本語のブログを読む人とは無関係だからである。戦略的に英語のブログに専念したほうがいいだろう。それとも、日本語の執筆を磨いて、日本語での書物を著すだろう。

写真集

Posted by チャート・デイビッド on October 14th, 2007

昨日モップガールを見たら、知り合いに「小学生の桃子を演じたのは、美山加恋さんではないか」と言った。「そうだ。ブログで書いたよ」と答えてもらって、ブログを見に行った。数年前の「僕と彼女と彼女の生きる道」のドラマは大好きだったし、美山さんが大変上手に演じたと思ったので、印象が残った。北川景子さんと似ているかな。
さて、美山さんのブログをちょっと覗いてみて、今年の12月12日に初写真集とDVDが発売されるようだ。なんか、ちょっと妙な感じだ。なんでだろう。
もちろん、美山さん(加恋ちゃんはなんと、十歳でも失礼に感じる)は大変可愛いから、写真も可愛いはずだ。醜いわけはない。そして、エロな写真集になるわけもないだろう。だから、なぜ違和感を感じるだろう。大人の写真集でも、違和感を感じるが、子供なら一応強くなる。
悪いことだと思わない。確かにイギリスで十歳の女の子の写真集を幼児ポルノとして見なす人もいるが、ヌードとか下着とかビキニなどはなくてもそう思うようだが、それは極端的な話で私は合意できない。それは問題ではない。写真集を作る人を批判するつもりはない。やりたかったら、やってもいいと思う。売れるはずだったら、やった方がいいとも言えるだろう。楽しいことでお金を稼ぐのは、いいことだと思う。私もそうする。(ただ、写真集が売れるはずもないので、別な方法で稼ぐね。)じつは、子供がヌード写真集をやりたかったら、子供は全く悪くないと思う。させるべきはないが。
では、なぜだろう。悪くないことでお金が稼げれば、何が問題だろう。よく考えたら、写真集は単純に一面的な扱いだからなのではないかと思う。どんな写真集でも、外見の面しかない。イメージを作るために撮影されるので、モデルの本当の性格とは関係はない場合はも多いようだし、関係があっても、まだ外見しかアピールしない。一面的な扱いはよくないと思うから、写真集をちょっと妙に感じる。
女優を見るのは別だ。少なくとも外見も演技力も入っているので、一面的ではない。そして、脚本はよかったら、キャラクターの多面的な取り組みがある。俳優とキャラクターを区別するのは大事だが、両方は、多面的な扱いだ。ちなみに、いい映画の中でヌードシーンがあっても、何も違和感はない。ポルノ映画を見たことがあったが、違和感は強かったので一、二回しかなかった。なぜなら、ポルノなら、演技力はともかくの場合は多いし、(というより、私が見た例はそうだった)脚本もつまらないから、結局一面的な扱いになる。
人間は、一面的な存在ではない。だから、そういう風に扱うのはよくないと思う。確かにそういう風にするしかない場合もあるが、それは店の店員などの場合だと思う。一回短い間に顔を合わせたら、仕方がない。しかし、それ以外多面的に扱うべきだと言いたい。人間は、誰でもそうだから、アイドル写真集には違和感がある。監督はアイドルではないので、コンセプトはアイドルの性格を表さないし、結局外見しかない。だが、大人がそういう風にやりたかったら、妨げるべきもない。
子供は、一面的な扱いはより悪いと思う。子供は、性格や才能はまだ成長しつつあるので、一面的に扱えば、その一面しか伸ばさない恐れがあるのではないか。子供本人も、その一面しか大事だと思うようになるのではないか。そして、大人には子供を守って指導する責任がある。だれの子供でもするわけはないが、責任から完全に離れる場合もないだろう。だから、写真集を見るのは、よくないだろうと思う。外見の一面しか考えないのは、子供に対するなら特に無責任だと思わざるを得ない。
もちろん、美山さんの周りの人が彼女を一面的に扱うという意味はない。少なくとも女優の活躍もサポートしているようだから、多面的に扱っているのは明らかだ。そして、大ファンがすべての商品を買ったら、それも悪くない。全体的に多面的な扱いだから、一つの商品は一面的であっても、問題はない。(ただ、外見のみのためにすべて買ったら、それはよくない。それは一面的な扱いだから。)例えば、美山さんの書いた本も買った人は、一面的な扱いではない。だが、単純な写真集は、一面的な性質は強いので、なんと違和感がある。全体的に見たら、必ずしも悪いとは限らないので、禁止するべきだと思わないが、まぁ、気持ちは奇妙だ。
実は、北川さんの最初の写真集のような本、「Stylish Street Book」と言う本は、よかったと思う。なぜなら、写真だけではなく、アメリカでの経験についても書いてあったからだ。だから、本のなかは多面的な扱いだった。だが、この本は「写真集」とは呼ばれなかった。
広く見たら、この違和感は写真集に限られていない。スポーツなどに専念する子供も、同じ理由でちょっと可哀想に見える。いかにサッカーなどの才能があっても、一面的に育てるのは悪いと思う。だが、写真集で本人を一面的に扱う誘惑があると言える。演技やスポーツなら、技を誉めるためだが、アイドル写真集などは、撮影された人との偽関係を立てる傾向は強く見える。そして、あの関係は一面的だ。
やはり、複雑な気持ちだ。写真集ができる人は、その能力も使ってもいいが、見る側は悪いような感じだ。まだ矛盾を抱えているようだね。

モップガール

Posted by チャート・デイビッド on October 13th, 2007

昨日の夜北川景子さんが主演するモップガールというドラマが始まった。ナイトドラマだから、録画して今朝見た。楽しかった。
コンセプトは、北川さんが演じる主人公の桃子は、死者に触れたら時間を遡って、救おうとすることだ。現実味は確かに薄いが、私はファンタジーが好きだから、問題はない。コメディのところもあるが、ちょっと真剣なところもある。演技も結構だし、面白い設定だから、楽しく見えると思う。深く社会問題と取り組む雰囲気はないが、いつもそうする必要はないと思う。人を救ったほうがいいと言うメッセージはいいだろう。
さて、真由喜が泣き出したので、沐浴しないと行けない。

北川景子さん、お誕生日おめでとう

Posted by チャート・デイビッド on August 22nd, 2007

去年の記事を入れてもいいだろう。
いや、別の言いたいことがある。今年、北川景子さんが21歳になった。イギリスで、それは伝統的に大人になる年齢なのだが、最近法律上18歳のほうが大事だ。それはともかく、まだちょっと特別な誕生日として扱われている。普通に誕生日にプレゼントをもらうが、今年北川さんがファンたちにプレゼントを送ってくれた。10月からモップガールの主演することが発表された。毎週見えることになる。
連続ドラマと大学を同時に兼ねるのは、大変だろう。頑張ってください。
ところで、今年誕生日カードを送れなかった。それはファンの失格だが、知らない人からのカードは嬉しくないだろう。ファンと有名人の関係は本当に複雑だと思う。ファンはないと、有名人になれないのは言うまでもないが、ファンは知らない人なのも言うまでもない。ほんの少し有名な私さえファンとの関係を不思議に思う。そして、有名人の性格によっても変わるはずだ。人間関係の一つなのだが、普通の人間関係と大きく違うと思う。といっても、ブログの社会が進めば、ブログを書く人とブログを読む人の間の関係と似ているかもしれない。直接に会ったことがある人との人間関係はちょっと苦手なのだから、こういう不思議な関係はどうだろう。

そのときは彼によろしく

Posted by チャート・デイビッド on July 3rd, 2007

日曜日に、参拝が終わったら渋谷に向かった。渋谷で眼科に行って新しいコンタクトを買ったが、それから映画を見に行った。その映画は、そのときは彼によろしくだった。北川景子さんが出演するから見に行ったが、北川さんの役はかなり小さかった。良くできたと思ったが、映画のメーンとは言えない。五分ぐらいかな。
さて、メーンは純愛の話で、重病の話で、ちょっと悲劇的な話だった。悪くはなかった。だが、またちょっと不思議なことに気づいた。私は、映画を見たら、如何に悲しくなっても涙が全然でない。が、悲劇になりそうな状況が急に、予想外によくなると、つい涙が出る。要するに嬉しいところで泣くが、悲しいところで泣かない。ずっと前からそうだから、私は不思議に思う。アクション映画で全然泣かないからこそ好きなのかな。映画で泣くのは、別に男っぽくないと言われているからね。