国際緊急援助隊

先日のニュージーランドの大震災で確認された死者がもう71人にのぼったが、行方不明の人はまだ数百人いるし、二日間が経ったらがれきの下で生き残る可能性はほぼないと言われる。本当に悲劇だ。やはりこのような災害があれば、即座な対応は必要だ。日本政府が国際緊急援助隊を派遣したが、出発は昨日だった、到着は今日未明という見通しだったそうだから、もう遅かったと言えよう。

だから、ちょっと財源が必要になる政策を提案する。それは、津波とか洪水とか地震などの天災があると一時間以内派遣できる緊急援助隊を設立することだ。今の70人程度より規模を大きくして、少なくとも数百人と必要な道具と機械を包含する援助隊がいいだろう。そして、災害があれば日本側が被害を受けた国の許可を積極的に求めて、認めてもらってから数分以内離陸するように構えたらいいだろう。実は、許可を得る可能性は高い場合、例えばニュージーランドのような場合、正式に許可を得る前に離陸してもいい。もちろん、許可を得る前に着陸できないので、許可が滞れば途中で辞めて日本に帰る可能性もあるが、そうではなければ着陸まで数時間縮小できるかもしれないので、命を救える。

この援助隊がどうやって国益に貢献するかは明らかだろう。日本にも災害が起こるが、経験がある援助隊があれば、速やかで効率よく助けられる。そして、現場での経験が大変勉強になるので、訓練より効くと言われる。だから、日本で災害が起こったら、日本人をより多く助けられると思える。それに日本のイメージの重要な一部は、災害があると助けにくる国だということになる。それはいいイメージだから、国益の一種になるのではないか。

財源の確保と言えば、この援助隊が自衛隊の機能の一部を担うので、自衛隊の予算からとったらいいだろう。人事も自衛隊から採用できるとも思える。それでも、長い目で見たら、これは国民を必ず来る災害で助ける為の装置だから、国費にするべき行動なのではないか。

民主主義の基本的な利益

今中東や北アフリカで、社会が混乱に陥って、首相や大統領が相次いで追い出されている。それに伴い暴力が広がり、死者も少なくないし、負傷者は大変多いそうだ。さらに問題になりそうなことは、先行きは不透明だという状況だ。この蜂起で一人の独裁者が追い出されたとはいえ、後継者が国民の意志を尊重するとは限らないので、これからも混乱が続く恐れがある。特にリビアの状況は深刻で、悲劇が繰り広げる可能性は極めて高い。

このような構成の国で政権交代に伴ってこのような破壊が必ず発生する。だから日本の過去の儒学者が「天皇は悪質で残虐であっても、絶対に謀反してはならない」と強調した。要するに政権を落とそうとすれば、被害や犠牲者が残虐な天皇の行為から出る死者を凌ぐからだ。同じように皇室の万世一系を唱えた背景には、壬申の乱のような後継者争いがあると思える。この態度の裏付けには大変重要な事実がある。それは、内乱は弾圧的な安泰な社会より酷いことだ。江戸時代の政権は自由主義的ではなかったことは明らかだし、階級制のせいで農民として生まれた人が自分の才能を尽くす機会はほぼなかったが、前の戦国時代と比べたら百姓にとって極楽だったろう。だから、政権交代が必ず内乱と伴うと思ったら、政権交代自体に強く反対することは人道的だと言えよう。

民主主義の大発明は、国民の意志を聞くことではないと思う。実は、内乱なしの政権交代を恒例にすることだと私が思う。勿論、選挙の結果が国民の意志を繁栄すればよりいいと強調したいのだが、有権者がお金持ちの男性に限っても、残虐な独裁者を平和的に追い出す機能がまだ残る。つまり、儒学者が根本的に間違えた。恐るべき内乱を防ぐ為に、政権交代を防ぐことではなく、政権交代を歓迎して恒例化するべきだ。

現状からこの証拠も読み取れる。中東を見たら、紛争の恐れはない国は一つある。それはイスラエルだ。完璧な社会ではないのは言うまでもないが、本格的な民主憲法だから政府に不満を抱く人が命を賭けて反発する必要を感じない。次回の総選挙まで待ってもいいだろう。

日本も対照的だ。国民が政府に対して深い不満を抱えるようだが、デモは少ない。確かに理由の一つは、不満の原因には首相の頻繁の入れ替わりがあるからだが、野党の政権倒し方法は、総選挙に追い込むことだ。暴力や暗殺は全く不要。

だから、民主主義の欠点を補充すれば、国民が頻繁に選挙で政府を倒すことができる本質を守らなければならない。これさえあれば、内乱が避けられる。

一年度が終わる

では、今日日曜日の代表者会議について書く余裕がある。ニュージーランドの地震のニュースや中東や北アフリカの混乱が続くなかこのような些細なことをネットで公開するなど情けないように感じることもあるが、私にはこのような大規模な出来事について言うことはないので、私の生活の中で起こったことについて書くしかないだろう。

さて、日曜日の代表者会議の会合は、今年度の最後だった。社会生活部会での審議がまた進んだ。留学生支援についての新しい資料を確認したら、追加の意見はなかったので、住宅支援についての問題に移った。

それで、事務局の方から資料の説明を受けて、審議に入った。代表者の一人が、自分の経験から川崎市の制度が周りの都会より進んだことを語ったし、私たち皆が制度の内容を評価したが、必要とする外国人が知っているかどうか疑問を抱いた。例えば、公的賃貸住宅の入居資格は、何の種類でも「日本国籍または外国人登録」だったので、差別の問題はない。そして、市が運営する保証会社制度も、日本人の保証人をなかなか見つけられない外国人の住居探しを強くサポートするとも賛成した。(統計によると、この制度を使うのは、圧倒的に日本国籍の高齢者だそうだ。もともと代表者会議の提言に基づいて設定された制度だそうだが、理由を問わずに、保証人が見つからない方を支援する制度になったので、代表者会議の「外国人の住みやすい町、日本人にも住みやすい」ということを表現する。)それに、川崎市や神奈川県には、外国人の住居探しを積極的に支援する不動産屋のネットワークもあるそうだ。これも、代表者には使ったことがあり、本当に積極的だったと言った。

しかし、またどうやってこの情報を必要とする人に伝えるかが焦点となった。制度は複数あるので、代表者会議の為に作ってもらった概要の資料を一般に配布したらいかがとか、不動産の店頭に置くとか、外国人のコミュニティーの中で情報網を作ってお互いに交換したらどうかなどのアイデアがあった。申請書などは難しい日本語で綴られることも問題視されたが、或る程度私たち外国人にも努力する義務があるので、外国語に翻訳してもらうほどではないだろう。ただし、日本人も申請書を難しく思うそうだから、皆のためにより簡単な日本語に書き換えたらいいのではないかとも思った。

この点でも、行政窓口の土日使用のことでも、図書館の外国語の本の件でも、制度や事実には問題はないものの、情報がちゃんと伝わったかどうかは不明。少なくとも、代表者の中に聞いたことがない人は多かったし、代表者になる外国人は、比較的に市政のことが分かる外国人であると言えよう。ただし、役割分担で、教育文化部会が情報の問題を担当することになったので、このような問題は、私たちがただ引き渡すことになるだろう。結局、今までの五つのテーマの中から、出入国管理、留学生支援、そして住宅支援をとりあえず提言まで持ち運ぶ候補として残すことにした。

そして、時間がかかるテーマの最初の労働・年金についての資料請求を話し合って、事務局に依頼した。だから、来年度から時間がかかるテーマの審議を始めることになった。それは、ほぼ私の予定の通りだから、満足だ。やはり月に一回の会合で、時間が限られるが、効率的に使ったと思った。ちょっと自慢になるが、仕方がない。来年度の奥深いテーマの審議も進んだら、と思う。

真由喜の相手

今日ゆり子が仕事に行ったので、私が真由喜の相手になった。平凡な一日だったが、私がずっと真由喜とつき合っていたので昨日の会議についての投稿は、今日も書けないようだ。だから、まだまだ明日に延期する。今日も早寝するべきだと思う。