位階

飛鳥時代から終戦まで、日本には位階制度があった。従五位上などの位は歴史書でよく見える。戦後、事実上廃止されたようだが、私は復古を提案したい。

理由は幾つかあるが、一つは社会的な行動を認めるために役に立つことだ。位を叙するためにお金は必要ではないが、人間は名誉も欲しがるので、推進になると思える。そして、勲章もあるが、先ず日本の伝統ではないが、特に顕著な実績に限らないと、意味を無くす。一方、律令の位階が30段階に分けられたので、一歩叙位することが大きな功績を表す必要はない。

だから、例えば高校を卒業したら、叙位されるルールがあれば、殆どの日本人が少なくとも少初位下になる。大学卒業したらまた叙位されれば、そして博士号でまた一歩になったら、大初位下まで進める。一方、例えば成年になって、10年間違法行為を犯さずに生活したら、これも一歩に相当したらいいだろう。これで80歳になった大卒の人が正八位上まで進める。

それに、叙位で文化活動とか地域社会に貢献する活動とか公的な活動などを認めることができる。即ち叙位の基準で、理想的な社会を描ける。

叙位のレベルを決める基準として、普通に社会に違反せず生きる人が低い位に止まることは必要だが、著しく貢献する人が正一位まで上がれることを保障するべきだ。

これは、もう一つの出世の道だとも言えるので、機会均等にも貢献する。そして、金銭に集中しすぎる社会にもう一つの目標を与える。だから、このような制度があるといいと思ってきた。

歴史の事実と国の始まり

建国記念の日は先月にあった。『神社新報』で、神武天皇を歴史的な人物として扱う記事は多かった。それに、今上天皇を125代と言うことは普通だ。

しかし、神武天皇が実在したと思う学者は殆どいないようだ。外国には皆無と言っていいだろう。紀元前660年には、大和盆地には「天皇」のような存在を支持する社会構成があった証拠は一切ないようだし、「天皇」という呼称は六世紀以前使われなかった証拠は多い。(たとえば、古墳から出土された文字入れ剣には、「大王」という呼称が使われる。)それでも、3世紀以前、大王がある社会の存在を示唆する証拠が欠けているそうだ。『古事記』や『日本書紀』は、8世紀初頭に編纂されたので、1300年以上前のことについての信憑性がかなり欠けていると言わざるを得ない。外国で作成された日本史の本も、日本で作成された日本史の本も、神社本庁が神職の要請の為に作成した歴史書も読んだことがあるが、神武天皇は神話の登場人物に過ぎないのは通説だ。

イギリスで、アーサー王は同じような存在だろう。実在した可能性があるが、証拠は全くない。実在したとしても、ローマ帝国を征服した話は事実ではないことは、誰も認める。だから、最近のアーサー王の伝説を書き直す人がその部分を省く。中世の伝説を読んだら、かなり重要なところであるのに。しかし、アーサー王が実在したとしても、ローマの史料からよく分かることは、ローマ帝国を征服しなかったし、征服したローマ帝王は実在しなかったことだ。

それでも、アーサー王を理想として掲げるイギリス人もいた。(最近余りいないと思うけれども、それは王権を受け入れるムードは殆どないからだろう。)やはり、実在しなかった人物を理想として掲げても差し支えない。理想は、事実がなるべき状態で、歴史上もうそういう風になったかどうかは関係ない。神武天皇の朝廷を理想として掲げてもいい。

しかし、新しい証拠はない限り、例えば橿原神宮で徹底された考古学の発掘調査で紀元前7世紀の宮殿の跡だ見つかったら話が変わるが、アーサー王と同じように、神武天皇の歴史的な存在を信じられない。

亀戸天神社

赤い鳥居の向こうに太鼓橋と社殿が見える亀戸天神社{かめいどてんじんじゃ}は、東京十社巡りの神社の一つで、亀戸に鎮座する天神の神社だ。創建されたのは、1661年だったそうだから、富岡八幡宮のように比較的に新しい神社だ。建立当時の将軍徳川家綱の崇敬は篤かったから、現在の鎮座地を寄進してもらったそうだ。境内がちょっと狭くなったかもしれないが、まだ池や太鼓橋があるので、印象はいい。それに、藤棚は多い。数年前に國學院大學{こくがくいんだいがく}のオープンカレッジの正式参拝をしたときに、宮司さんに言われたのは、天神の菅原道真{すがわらのみちざね}の政敵の藤原家の花が多いことはちょっと不思議だが神様の心の広さを象徴するという。

今回お参りしたら、境内の風景がちょっと変わった。なぜなら、境内から東京スカイツリーが見えるからだ。まだ新しい風景だが、時が経ったら、東京タワーのように東京を象徴するようになるだろう。

私は、学者で作者の菅原道真に親しみを感じるが、亀戸天神社にあまりお参りしない。東京の反対側で遠いし、結婚式などで縁があるのは湯島天神だからだ。でも、亀が棲む池や太鼓橋、藤棚などの境内は気に入った。周りには高層ビルや東京スカイツリーがあるとしても、ちょっと都会から離れた気分になる。しかし、社殿は鉄筋コンクリートで、中に入ったら雰囲気は病院のようだった。戦後になるべく早く復活しようとしたと思うので仕方がないが、ちょっと残念に思わざるを得ない。他方、現在の社殿が国宝などになる可能性は極めて低いと思うので、将来に再建するだろう。そうすれば、神社の雰囲気がよりよくなるのではないか。