「退位」と「譲位」

周知の通り、最近国会で「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立し、公布された。この中で、「退位」の文言が話題になっている。『神社新報』の記事では、歴史的に「譲位」は普通で、「退位」の前例は一つしかないし、それは奈良時代上皇が事実上天皇を廃位したケースに当たると述べて、「譲位」の表現の方がふさわしいと強調している。

「譲位」の意味は、「位を譲る」ということである。つまり、天皇自身が皇嗣に皇位を譲ることを指す。では、今回の状況を鑑みると、何が適切なのだろう。

現行憲法の下、天皇には国家の運営への関与は一切許されていない。しかし、象徴天皇が存在することは、憲法によって定められたことだし、国事を行う義務も天皇に負わされている。そのため、天皇が天皇の践祚や退位を決めてはならない。それは憲法違反である。つまり、法律上、天皇のご意向をどうであれ、国会と内閣が天皇を廃位する形を取らなければならない。法律の条文もその趣旨に基づく。法律が施行する日に天皇が退位して、皇嗣が皇位につくと定めて、その施行日は政令、すなわち内閣の判断によって決まると定める。極端な言い方をすれば、天皇をクビにするための法律の形を取っている。

法律上、この形は必要不可欠であるので、法律等で「退位」の文言は相応しいし、前例に沿っている。法律の視点から見れば、廃位になるので、廃位の前例に使用された文言は歴史を尊重する選択肢であるといえよう。

一方、事実は違う。この話の発端は、今上陛下の昨年8月8日の「お言葉」にある。今上陛下の「お気持ち」に沿って、御代替わりを図ることになっている。つまり、事実は、今上陛下は譲位して、皇嗣に皇位を譲ることになっている。今上陛下のお気持ちを無視して行動するわけはない。この事実を見たら、法律以外の場合、「譲位」という文言が相応しいのではないか。

このように法律上の形式と真髄の事実を区別することは容易ではないが、法案を作成した専門家には、法律の事実はよく分かっていたに違いない。同じように、『神社新報』で記事を載せる人には、事実はよくわかっているはずだ。双方の判断は、各々の文脈から見れば正しいと言えるのではないか。

法律の場から離れてこの話題を話すなら、「譲位」を言った方が良いと私は思う。それでも、法律の名称は不適切であるとは言えない。必要な措置を取って、今上陛下のお気持ちを実現するために努力した証である。

故郷で、テロ

日本時間の今朝、私の故郷のマンチェスターでテロ事件が起きた。私が知っている限り、知り合いは巻き込まれていないが、それでもとても悲しい出来事である。子供や若者が集まるコンサートが襲われて、心を痛める。

できることも、言えることも何もない。

このような事件が起きない世界のために努力するしかないが、道のりは長くて、私が達成を見るはずはない。だから、このような事件が自分に近づけば、無力さを痛感する。

大人心游舎:5周年記念

今日、心游舎の5周年記念イベントに参加させていただいた。イベントは、明治神宮の参集殿で開催されたが、参加者は多くて本殿は遠くて工事中であるためだろうが、正式参拝はなかった。(イベントの後で、一人で参拝したが。)

このイベントは2部構成で、第1部では献花と歌舞伎囃子の演奏があった。生花は最初だったが、本当の意味で演出だった。舞台の上で、目の前で花士花士{はなのふ}が枝や花を組み合わせて、綺麗な生花を作成した。その後、同じ舞台で8人が長唄などを演奏した。それを聞いたら、先日和ものびとのイベントで楽器の説明を聞いたり、体験したりできたことは良かったなと思った。目的などが分かったので、より深く楽しめた。

第1部を言葉で描写するのは難しいので、しようともしない。このような体験ができて良かったと思う。

第2部は、心游舎の総裁の彬子女王殿下の講演だった。心游舎のきっかけから今までの活動を通って、現代の状況まで話してくれた。面白いエピソードも披露してくれた。例えば、後続の方は銀行口座を開こうとすれば、苗字はないことが壁になるようだ。心游舎の活動は必ずと言ってもいいほど『神社新報』に報道されるので、活動の概要はもう分かったが、詳細を聞いたり、彬子様のご感想を聞いたりしたら、より深く印象を受けた。

最後に、代表理事の方がこれからの心游舎の展開を示唆して、支援を呼びかけた。

いつもと同じように、刺激を受けた。

まず、第1部では、神社の祭りについて考えさせられた。(自分の趣味と結びつくことは多いね。)最近、神社も祭りも、神様に奉る作品として考えてきたが、献花も囃子もそのような供え物になると感じた。このことについてさらに考えたいと思うが、ブログで披露する可能性は高い。(その前に、英語で日本人に神道についての公演を行うことになったので、英語での説明が先になるだろう。)

第2部で、彬子女王殿下は心游舎の目的を日本の伝統文化のタネを蒔くこと、そして子供の生活に伝統文化を身近にさせることと位置付けられた。真由喜の生活でその成果を見たことがある。まず、心游舎のワークショップで作った湯呑みは真由喜の愛用品になっている。そして、私が他の機会で日本の文化を紹介したからかと思うが、例えば抹茶は大好きで、お茶をよく飲む。白いご飯もよく食べる。でも、結晶になるのは先日のエピソードだろう。

真由喜が学校から帰ってきた。「ダディー、今日は最悪だった。給食当番だったが、スパゲッティーを袖にこぼしたりしたし、他のこともあった。絶対祟り神だよ。お祓いして!」と玄関から上がる前に述べた。もちろん、お祓いをしてあげたので、落ち着いて楽しめた。

このようにタネを蒔くと、結果は出る。心游舎が太宰府天満宮の幼稚園で和菓子プロジェクトを行なったそうだが、心游舎が手を離しても、幼稚園が独自にプロジェクトを続けているそうだ。そのような結果があると素晴らしい。

そのようなことを見れば、近所の白幡八幡大神でワークショップを行うことはできるかなと思った。近所のイベントを子供の継続的な参加には良いし、近所の神社が親しくなると、祭りなどにも参加するだろう。確かに控え室も神楽殿もちょっと狭いが、近所向けのワークショップであれば、小規模になる。ただし、私は日本の伝統文化のワークショップを行うことはできないし、他人に頼むこともできない。この刺激は、もしかして実現されないままで終わるかもしれない。

とにかく、これからの心游舎の活動を楽しみにしている。真由喜が参加してくれるイベントは多いように願っている。